音翳礼讃(いんえいらいさん)
平均律をヘイトしてコードの情報量の多さに耐えられずに雪の結晶に耳を澄ませていたら共通言語を失い、人間と動物と自然と仲良くなろうとした東京とヨーロッパでの15年間を詰め込んだ表現者ARUHI(ソシテ或日)が創造するhappyで静謐でアーティーな一夜。
表題の由来 ー 谷崎潤一郎の随想的評論”陰翳礼讃”を文字った造語。
公演概要
ARUHIによる15年間の音楽活動を中心としたライブ。ピアノソロ、バンド、朗読劇、即興演奏で構成される。
アーティスト紹介
東京に出てアーティスト名ARUHIを名乗り出してから、フランス、イギリス、日本と、様々な文化に触れ、ライブペインティング、夏目漱石夢十夜からインスピレーションを受けた作曲、現代音楽のピアノコンチェルトや即興演奏に取り組んできた。
雪深い北陸の山間地方で育ち、音楽プレイヤーの音量が1でも大きく感じられる程の静けさの中、ラフマニノフを聴いて10代を過ごす。音に対して非常に敏感で、一時は部屋に家電を置かないで蛍光灯も付けない生活をしていた。
現代でいうエックスジェンダー的な思想があり服装や髪型などが極端に変わることがあるが、現在は女性として自認している。
絹のようなピアノの音色を追求し、気品を重んじるロンドン王立音楽院の名誉教授や、イギリスの静かな湖の畔で受講したショパンを中心としたマスタークラスでは、大きな影響を受ける。バンドでの演奏やキューバ音楽のセッションなどにも参加しパーカッシブなアプローチも取り入れている。都会や自然、日常と非日常など、対比的な表現を得意とする。
2019年から京都を中心に絵の個展を開催。音を視覚化する表現に取り組むアーティストとして、ソシテ或日という名前を持つ。
公演にあたって
パリのモンマルトルの安宿で横たわっていたら、急に鐘が鳴った。運命だと思った。
隣には一緒に旅行中の妹がいて、何か聞こえた?って聞いたら、何も?。多分、耳が良いから遠くの鐘の音が聴こえただけだったんだと思うけど、それでも、私はこの地でこの瞬間に運命が動き出したと思った。それが初めてのフランス旅行。大学を卒業するくらいの2011年頃だったと思う。
30歳になった日に、急に天の声みたいなのが降ってきた。あなたはこれから毎年一歳ずつ歳が減っていって60歳で生まれ変わる。友人に話したら、60歳は節目の歳でそこで生まれ変わるという考え方があるらしい。だから、何か本で読んだことのあるそういう類の話を思い出しただけなのかも知れない。現在37歳なので、そのお告げみたいなものによると私は今23歳。ちょうど運命の鐘が鳴った歳だ。
それが関係しているかどうかは分からないけど、最近、23歳の頃に戻ろうと思った。もちろん戻るってことは無いけど、その頃までは思想が芸術家だった。そこから、スタジオミュージシャンとか職人みたいなことをやっていて、生きるのに必死でただひたすら世の中が求めることと自分のできる事に焦点を当てて生き抜いてきた。よく、好きなことを仕事に出来ていいねえと言われるけど、こちらとしては正直なところ好きかどうかを判断する余地もなかった。
学生時代は映画監督とか総合芸術を扱えるようになりたかった。私の作品は風変わりで危険で、出演者も予算も出ずスポンサーもつかないだろうから、30歳までに売れて、地位と名声と財力を身につけて、それから悠々と作品を作るんだ。とよく語っていた。
東京に出てきたら、案外とそういった作品も受け入れられることも分かった。けど、そういったものはやはりサブカルとかアングラと呼ばれたり、やはり想像していたように広くは好まれないことも分かった。では、人気者になる道を突き進んだかというと、そんな簡単に作戦通り世の中に迎合できる訳もなかった。
それでも今は、技術を身につけて、多くの人と会話したり音を出したり出来るようになってきて、生きるのに必死なところから、それなりに楽しく過ごせるようにもなってきた。AIの発達により再現不可能とされた映像も難なく生成され作曲家の在り方も変わっていって、これからの時代、もっと面白くなっていくと思う。
今なら芸術家に戻れると思った。戻るんじゃ無いけど、芸術的な思想や表現を伴っても、そこに技術やコミュニケーションの能力があれば、入場料を頂いて皆さんに来て頂くことは出来るんじゃないかと思う。
谷口マルタ正明
東京に出てきて最初に関わった音楽家の一人。彼のバンドの中だけはずっと自分の呼吸ができた。音楽の仕事は、これが弾けないともう仕事が来なくなって死ぬかも知れないと思いながら練習していたけど、マルタさんの曲は、もっとこういう表現がしたいなと思って技術を磨こうと思えた。急に癌が見つかってまだ若かった。2025年の秋、最期まで一緒に演奏していたメンバー達に、マルタさんの曲をやりたい!って無邪気に連絡したら、今は到底自分には出来ないと、ことごとく断られてしまった。私は薄情なのかとも考えたし、もしかしたらそうかも知れないし、自己中心的なタイミングなのかも知れないけど、ただ単に好きなものと向き合えた人生のこの時期に、マルタさんの曲をやりたいと思ったんだからその気持ちは押さえつけずに演奏しようと思う。